皆様お元気ですか?

間もなくクリスマスですね!!
皆様が素晴らしい時間を過ごされることを心より願っております!!

さて、暫く投稿をさぼっておりましたが、久しぶりに投稿します(^^♪

これまで「プロフェッショナルとは」というテーマで3回シリーズにてお送りいたしますが、今回は前回の「プロフェッショナルとは①」~先を見通す目~ に引き続き、

「プロフェッショナルとは②」~諦めない力~ というテーマでプロフェッショナルに最も必須な項目と言っても過言ではない「諦めない力」別の言い方でいうと「往生際が悪い」(笑)というテーマでお送りしたいと思います!!

ぜひ、最後までお付き合いくださいませ。

 

成功体験

さて今回のテーマである「諦めない力」は今から14年前に南アフリカで開催された2010年サッカーワールドカップ南アフリカ大会である試合を見た際に深く考えさせられ学んだ考察となります。

サッカー界の頂点に常に君臨する選りすぐりのエリートたち、つまり真のプロフェッショナルから「プロの神髄」を学んだのです。

ちなみに、サッカー好きなら誰もが知ることですが、2010年サッカー ワールドカップ南アフリカ大会には我が日本代表「侍ブルー」も熾烈なアジア予選を勝ち抜き、予選グループA組一位のオーストラリアに次いで二位で出場権を獲得して見事その年開催のワールドカップに出場しました。

(当時の2010年のワールドカップのアジアの出場枠は「4」で、ワールドカップに出場するためにアジア地域の予選、第1次予選、第2次予選、第3次予選、最終予選の計4つの予選を勝ち上がり、その上でアジア予選最終グループまだ勝ち残った計10グループがA組、B組の2グループにそれぞれ5組ずつが降り分けられ、その上でそれぞれのグループ上位1位2位が南アフリカワールドカップの本戦に出場出来るという過酷で熾烈な戦いの末にワールドカップに出場出来たのです)

 

 

 

 

 

 

❖成功体験は持てる力を最大限に発揮する

ちなみにワールドカップに出場した我が日本代表ですが、大会が始まる開幕前は精神を含めコンディションは最悪のように思われました。

第1戦目のカメルーン戦は接戦ののちに何とか勝利を納めましたが、「よく試合に勝てたな」と思えるような内容で、日本代表が試合に勝てたのは「運が良かったから」と思えるような試合内容でした(※あくまで素人の見解です)。

しかし、2戦目のオランダ戦、3戦目のデンマーク戦は第1戦目のカメルーン戦とは、打って変わって、内容の素晴らしい最高の試合でした。

ある外国の専門家は、2戦目と3戦目の日本の試合は「今回のワールドカップで最もビューティフルな試合だった」と言わしめるほど日本代表の試合を絶賛しています

それに引き換え、1戦目のカメルーン戦は試合には勝ちましたが「今大会でもっとも退屈で価値のない試合だった」と酷評されています。

 

❖成功体験は創造性をもたらす

では1戦目と2戦目3戦目ではどうしてこのように試合内容が激変したのでしょうか?

一番の要因、それはとてつもなく重圧のかかるワールドカップ第1戦目での貴重な勝利、つまり「成功体験を経験したから」だとわたしは見ています。

このように言うと、中には「日本が劇的に変わった要因は『勝ち点3』をゲットしたからだ!」という方もおられると思います。

もちろん、勝利をしたことで貴重な勝ち点「3」を獲得し「心に余裕が出来た」こともあったでしょう。しかし、2戦目と3戦目の劇的な内容の変化はそれだけでは言い表せないと考えています。

というのは、実は2戦目で日本はオランダに1‐0で敗戦しているからです。

その時点で日本は第3戦目のヨーロッパの強豪デンマークに負けてしまえば日本にとってのワールドカップは終了し、目標の決勝トーナメントには進出できない状況でした。

そう考えると初戦で勝利した第一戦目のカメルーン戦よりも第三戦目のデンマーク戦は比べようがないくらい遥かに重圧がのしかかる重たい試合だったはずです。

しかし、日本代表は2戦目は負けはしましたが、それでも外国の専門家から2戦目と3戦目は「今回のワールドカップで最もビューティフルな試合だった」と専門家を唸らせるほど素晴らしい、そして美しい試合内容だったのです。

そのことを含めて私は日本代表が2戦目と3戦目が第一戦目に比べて見違えるような「素晴らしいサッカー」をしたのは、日本代表が重圧のかかるワールドカップで「成功体験を経験したから」というのが一番大きな要因だったと結論付けたいと思います。

 

 

全ての成功に不可欠な成功体験

すべての成功に不可欠な要素は、「成功体験」を実際に経験することです

成功体験はモチベーションを上げ、持てる力を発揮し、創造的な仕事が出来る、ための最も効果的なツールです。

才能と実力があっても成功(勝利)を経験しなければ、モチベーションは上がりませんし、

自信がなければ、実力の均衡した厳しい戦いで相手から勝利を手繰り寄せることはできません。

それはビジネスや人生でも同じです。

親や周りから、いつも「お前はダメだ、お前には価値がない」などと言われ続けると、自分はだめだと思う(信じる)ようになり、実際は実力があっても「自分は駄目だと信じているので」当然ながら持てる実力を発揮することが出来ず、結果が出る前に自ら白旗(敗戦)をあげてしまうのです。(多くの親はこのような露骨な言葉は使いませんが、他の言葉を使って、または態度や体から醸し出すエネルギーを通して実際にはそう言っているのです)



 

 

 

 

創造のプロセス

ぜひ皆様が目標を達成するために覚えてほしい原則があります。

それは、

「皆様(私)の思考が、皆様(私)の行動を支配し、皆様(私)の行動が、皆様(私)の将来を刈り取る」

という不変の原則であり、この原則は人が幸福になるための「仕組み」パターンでもあるのです。

 

アメリカの心理学者ウイリアム・ジェームスはこれにもう一つ重要な成功の要素「習慣」という言葉を加え、人が進歩、成長し、幸福になるプロセスをこのように定義付けています。

「心が変われば行動が変わる。 行動が変われば習慣が変わる。 習慣が変われば人格が変わる。 人格が変われば運命が変わる。」

 

また人類史上最も売れている書物「聖書」の中にはこのような聖句があります。

 

 はじめにことばがあった。ことばかみともにあった。ことばかみであった。

このことばはじめにかみともにあった。

すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。

この深遠な聖句には、

「神は言葉であった」

つまり、「言葉」そのものに「神の魂が宿って」いる、つまり大いなる力が言葉自体に内包されていることを暗に説明しています。

また、

「すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった」

全ての事物の創造の「仕組み」(構造)を結論付けています。

皆様が何気なく口から発する「言葉」は、まず「思考」に端を発し、それが「言葉」(神の力)となり、「言葉」を通し、「思考」(創造)を「顕現化」(できた)するのです。

また、興味深いことにウイリアム・ジェームスは最終的に「運命を変える」には、「人格を変えること」と結論付けています。

多くの人は自分だけは変わろうとせず、周りにばかり変わることを求め、乞い願いますが、これは自然の法則と原理原則に反しています。

 

 

成功体験できる環境を整備する

みなさま、人生で大きな成功を実現するために皆様自身は勿論、大切な家族、また職場の同僚や皆様が所属するチームが「成功体験」できるよう助け、フォローアップし、またそのような環境を整備することを通して実現していただきたいと思います。

そして、そのために、みなさまの家族を含め、皆様が所属するチームを信頼し、誉め、励まし、愛し、許し、そして信じていただきたいと思います

なぜなら、「成功体験」できる環境を整えるためには、「失敗体験」(学びの体験)が出来る環境も同時に整備しなければならないからです

良い物だけを受け入れ、そうでない反対の物だけを排除するのは原理原則に反しています。

相反する相対的な事物がこの世にあることを理解し、それを拒絶するのではなく、そこから「如何に学ぶ」かがとても重要なのです。

皆様がもし、「自分はこの世で成功体験しか経験していない!」というなら、皆様は完全に過去を忘れてしまっています。

少し思いだせばすぐにわかることですが、皆様は子供時代、補助輪の無い自転車に乗れるようになるまでほぼ間違いなく、何度も転び場合によっては足や手に傷を負い血を流して泣いた経験をお持ちだと思います。

自転車に乗った経験のない方でも立って歩けるようになるまでに間違いなく何度も転んでいます。

私の知る限り、人類史上一度も転んだことが無く、いきなり二足歩行でに歩き出した人を私は知りません。

必ず、何度も転倒し、あちこちをぶつけながら痛い目をしてそれでも諦めず立ちあがって歩いた人のみが現在立って歩けるようになったのです。

そう考えると皆様とチームが大きな成功を実現できるかどうかは、小さな成功体験と失敗体験(学びの経験)が出来る環境を整備し、維持していくことだ重要であるということが分かりますよね。

もしそのような経験ができる環境を皆様の家族、また所属する組織に整備できれば、組織に属する人々は小さな失敗で落ち込み、失敗することを恐れたり、それを避けたりすることは無くなるでしょう。

なぜなら、「失敗は成功の最高の教師である」ことを個人も組織も理解するからです。

真の成功者は失敗はこれから人生で経験する多くの成功のほんの小さな1つのイレギュラーであり、この経験を通して後に成功できるということを「確信」している(知っている)ので失敗を恐れません。むしろそれらを大切な糧として活用するのです。



諦めない力

スポーツの話に戻ります。

どんなスポーツでもそうですが、常に勝利するエリートチームはそうでないチームに比べて負ける可能性が極端に低いです。

それは実力もさることながら、多くの勝利を経験することで確固とした「自信」と「勝利のメンタル」という「強力な援軍」を心の中にスペースを持てるようになるからです。

また「自信」と「勝利のメンタル」が身に付くことで、ポジティブ思考となり、それにより脳神経を通して動く筋や筋肉がリラックスすることで、自身が持つ最高の力を発揮することが出来るようになります。

しかし、そうでない人、またチームは自信がないので、メンタルが弱く、もてる潜在能力を十分に発揮できません。

強いチームは自分達が負けるなど、これっぽっちも信じていません。自分たちが「負けるイメージが湧かない」、言い換えれば「負けることを想像することが出来ない」のです。

しかし万が一、負けても(スポーツははっきりと勝敗が決まる競技です)それでも彼らは負けを簡単には認めません。負けを信じていないので認められないのです。それは試合終了のホイッスルが鳴っても、まだ自分達の負けを信じられないほどです。

それは自分達が勝利にふさわしい技量を備え、そしてそれにふさわしい「努力」を行っているという確固とした「自信」と、これまでの「成功体験」があるからです。

それに比べ、優勝に縁遠いチームは自分達の負けを簡単に信じ認めます。それは、まだ終了していない試合の途中でさえ、試合の内容如何では既に勝利を諦め、敗北を受け入れています。

成功者とそうでない人との決定的な違いは「信じる力」(諦めない力)にかかっています。



 

 

 

 

 

「諦めない力」とは、「負けを信じない」こと

「諦めない」と聞くととてもポジティブな言葉に聞こえますが、「諦めない」という言葉は逆の言葉では「諦めが悪い」という意味になります。

「諦めが悪い」と聞くと、私が日本人だからかは分かりませんが、「男らしくない」や「女々しい」などネガティブな言葉を連想するのではないでしょうか?

武士道精神が文化に浸透する日本では「潔い」という言葉が好まれ尊ばれます。また、負けを認めない態度を取る者は「往生際が悪い」と言って軽蔑されることがあります。

しかし、表面的に潔く負けを受け入れたように見えても、真のプロフェッショナルは心の中ではそう思っていないでしょう。(真のプロはいつか極めてきた仕事や武芸、趣味などを辞める時は「心の底から負けを認めた時」なのかもしれません)

世界的に大きな影響を与える人々は、また過去に多大な貢献を果たしてきた偉人たちは、ジャンル、分野を超越して「諦めない」別の言い方では「往生際の悪い」人々の集団だと私は信じています。

それは外国人でも日本人でも同です。

世界に貢献し、多大な影響を与えてきた人々は実際には自身の負けを受け入れられず、自分が負けたことを理解できずにいます。

そして、そのような一見往生際の悪いように見える態度を取る者(内心で負けを認められない者も)ほど自分の成功を誰よりも信じ、疑わず、そしてそのために誰よりも努力を行い、多くを犠牲にしてきたのです。

(負けを認めないからと言って相手に不敬な態度を取ったり、公衆の面前で泣き叫んだりすることと負けを認めないことは全然違います。エリート選手たちは負けを到底受け入れられませんが、ルールに則って勝利した相手を称え、潔く相手の勝利を称えます。しかし、それでも自分が負けたことを信じることが出来ないのです)

 

 

真のプロの姿

(引用元)https://figobay.wordpress.com/tag/rooney/

 

2010年南アフリカワールドカップの話に戻ります。

ワールドカップアフリカ大会ではベスト4を目指し世界的なサッカー大国である世界の強豪同士の戦い、ドイツVSアルゼンチン戦が行われました。

過去何度かワールドカップ世界一に輝いた優勝候補筆頭チーム同士の戦いは誰もが接戦になることを予想しましたが、戦前の予想に反しドイツが4-0と大量得点を奪いアルゼンチンとの試合を優勢にすすめ戦っていました。

私は試合時間が刻一刻と進みゆく中でとても強い印象をもったのは、圧倒的な点差で負けているアルゼンチン選手たちの戦いぶりでした。

試合終了のフォイッスルが吹かれる僅か2分前、アルゼンチンはドイツに4-0と大差で負けていたにもかかわらず、(この時点でアルゼンチンの勝利は物理的に不可能といえる状態でした)

それでも必死にボールを追いかけドイツゴールに突進するリオネル・メッシ選手を始め、その他世界的に有名なアルゼンチンのエリート選手達はまるで鬼のような形相で必死になってボールを奪い返し、

まるで何かに取り憑かれたかでもしたかのように、ボールを奪うやいなや鬼気迫るオーラを体全身から醸し出しながらチーム全体がドイツゴールを目指して突進し続けたのです。

この姿はとても印象的であると同時にとても意外でした。

それは、サッカーを知る者の常識から考えると残り2分しかないその状況からどのような奇跡が起ころうとも4点のビハインドに追いつき、追い越すことは事実的に不可能だったからです。

そして、敢えて悪い表現を使うなら、そのような状況で泥臭くボールを奪い、必死になってドイツチームのゴールに向かうアルゼンチンの選手たちのその姿はまったくもって「往生際が悪い」態度そのままだったのです。

しかし、私はその姿に感銘を受け、同時に心から感動しました。そして彼らの汗と泥で汚れたその姿に真のプロの姿を見ました。

(引用元)https://www.kooora.com/?n=344572

(引用元)https://tectacfutbol.blogspot.com/2010/08/la-herida-abierta-de-messi-antes-del.html

(引用元)https://tectacfutbol.blogspot.com/2010/08/la-herida-abierta-de-messi-antes-del.html

そしてその時、なぜアルゼンチンが世界的に有名な「ディアゴ・マラドーナ」や「リオネル・メッシ」等の世界的なヒーローを筆頭に数多くのサッカーエリート達を輩出し、4年に一度開催されるサッカーワールドカップでは過去3度も優勝を果たし、栄えある栄光を数々受賞してきたのかを理解しました。

試合は無情にも試合時間の90分が経過し、試合終了を告げる無情のフォイッスルがグランドに鳴り響きました。

試合が終了し、勝利したドイツチームがアルゼンチン選手たちを労わり称えるために近寄り、握手を交わしますが、アルゼンチン選手たちはまるで放心状態で、目線が定まらず、自分たちが試合に負けたことを信じられず、またとても受け入れられない様子でした。

恐らくその夜彼らはホテルに戻っても、お風呂に入っても、ベッドで横になっても、その日自分たちがドイツに負けたとは信じていなかったのではないかと考えています。

(引用元)https://www.youtube.com/watch?v=fKZsb4YX8go

それほどまでに、常に世界のトップに君臨するプロたちは成功を信じ、疑わず、諦めず、そしてそれに見合った多くの時間を捧げ、常人には耐えられないような過酷なトレーニングを日々、長年培ってきているのです。

 

勝利を得るために努力している人の姿はどんな分野においても美しいものです。

そのような姿に人は自然に拍手と賛辞を贈らずにはいられません。

そして人はそのような姿に感動を覚え、自分自身を重ね合わせモチベーションが高められるのです。

小さな子どもたちがそのような姿を見て「僕も将来プロサッカー選手になりたい!」と思い、そのような選手を見て感動しサッカーを始める、そのような国から世界的なスター選手が生まれ育つのはごく自然なことです。

そして、そのようあプロ集団が幾重にもなり、時代を超えてその精神と伝統が受け継がれていくことで、信じられないような成功と大いなる奇跡が具現化されるのです。

そして、その奇跡を実現するために重要なことが、日々日常にある皆様の目の前の些細と思えるような、

「小さな一歩」から始まるのです。

※写真は2022年カタールワールドカップ優勝シーンから(引用元)https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-64022037

 

 

まとめ

皆様、ぜひ日々「小さな」成功体験を日々経験してください。

それは、ある人にとって、毎朝お母さんから起こされるのでなく、自分で起きるようになることかもしれません。

または朝起きた時に家族に交わす「おはよう」の挨拶をするようになることかもしれませんし、

日記を毎日欠かさず書くようになることかもしれません。

または、読もうと決めていた本を目標期限内に読破することかもしれません。

いずれにせよ、それがたとえ小さなことのように見えても、皆様がやろうと決めた目標を達成出来たら、それは立派な成功体験です。

それは、本当に小さな「取るに取らないもの」と感じるかもしれませんが、その日々の小さな成功体験(自信)が、やがて信じられないような大きな成功体験へと繋がっていくのです。

それに対し、小さな成功体験をも達成できない人は、何をする時でも、失敗を恐れて焦ったり、不安に駆られ、本来その人の持つ最高のパフォーマンスを発揮することが出来ず、思い描いていた目標を達成できず、成功とは真逆の負のスパイラルに陥ってしまいます。

反対に言うならば、身近な小さなことも出来ない人が、小さなことの積み重ねでしか達成しえない大きな成功を具現化することはありません。

それは完全に自然の法則と宇宙の原理原則に反しているからです。

ぜひ、「出来なかった」という後ろ向きな経験が当たり前となり、それが負の習慣とならないよう気を付けてください。

大きな成功(幸福)を望むなら、身近な小さなことから目を背けず、真摯に向き合い、それらを大切に扱い、そして感謝しながら日々こなしていきましょう。

そして、それらが何のためらいもなく、当たり前のように出来るようになったら、もうその時点で皆様の成功は既に実現しています。

あとは物理的な成功(結果)は自然の法則に則ってタイムラグの後に皆様の前に顕現されるでしょう。

 

皆様、どうぞ「成功」を「幸福」を決して「諦めない」でください!!

人生の「ゴール」(夢の実現)を目指しましょう!

 

次回はシリーズ最終版 「プロフェッショナルとは③」~努力する天才~ というテーマで私が愛し尊敬する「世界のイチロー」こと鈴木 一郎 選手を取り上げて最後のテーマを締めくくりたいと思います!!

ぜひお楽しみに!!



このブログを気に入ってくださったら、この投稿をシェアしていただければ幸いです。 また、定期的に記事をご視聴になられたい方は下記皆様のメールアドレスを入力し「購読」ボタンを押すと毎回無料で最新記事を受け取ることが出来ますのでぜひご登録よろしくお願いいたします。


喜びには原則があったをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。