皆様メリークリスマス!!
本日は明後日がクリスマスイブということもあり、クリスマスにちなんだメッセージをお伝えいたします!
またこのメッセージの最後に皆様のクリスマスプレゼントになればと思い、人の価値がどれだけ尊いものかを再確認出来る素敵な短編映画のリンクをyoutube(引用元Vision Video )から張り付けておきました!!人生で苦しみ、悩み、もがき、「もう無理だ、これ以上こんな苦しい人は続けられない、」と悲嘆している方が今 皆様の周りにいらっしゃるかもしれません。そんな皆様にもぜひ見ていただきたい19分の短編映画です。
「いつからやりだしても遅くない!」「いつでもやり直せる!」ということを思い出させる、そのような内容です。英語版ですが、この映画に言葉は要りません。映像を見てくださるだけで内容を理解することが出来ます。今から30年前に見た時に涙が止まらなかったのを今でも覚えています。ぜひこのクリスマスの特別な日にご視聴いただきたいと思います(#^^#)
クリスマスの精神とは
さて、メッセージに移りたいと思います。
皆様、知っていますか?
世界的なコーチングの講師はよくビジネスなどのトレーニングの際に聖書を引用していることを、
例えば新約聖書のルカ伝6章31節には、いわゆる「ゴールデンルール」(黄金律)として、よく以下の聖句が用いられますが、これはどんなビジネス、商いにも通ずる成功の基本原則です。
「人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ。」
またルカ伝17章33節にはビジネスを超越した人生の成功の原則が書かれています。
「自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである。」
傍から見る時に、「 自分を何よりも優先し、自分を守ろうと必死になってている」そのような人を見ているとなんだかその人が小さく見えてくることがあります。皆様はそのような人に対し大切なものをまかせることはしないでしょうし、またあまり関わろうともしないでしょう。自分を必要以上に守ろうとすると、守っているはずなのに結果的にその人にとって最も大切なはずの自分自身を失うことになりかねません。
そして、クリスマスの精神としてよく引用される使徒行伝20章35節もビジネスで成功の原則としてよく引用されます。
「受けるよりは与える方が、さいわいである」
多くのビジネスマンはどうしたら客の重たい財布の口を開けさせるかよく考えていますが、人から物を得ることばかり考えていても思った効果は得られません。しかし、お客様がどうしたら一日素晴らしい時間を過ごせるか、どうしたら喜んでいただけるか、なによりお客様の幸せを第一に考える時に副産物としてお客様が満足した対価を与えていただけるのです。
皆様、知っていますか?
多くの人は(私も以前はそうでしたが)、クリスマスは「何かプレゼントをもらえる日」だと考えています。しかし、実はそうではなく、クリスマスは誰かに「何か大切なものをプレゼントする(与える)日」だということを。
皆様にお勧めいたします。世界で一番売れている書物それは「聖書」ですが、一番売れている、つまりニーズがあるという事はそれなりの理由があるのです。聖書から学び、研究し、原則を取り入れ、行動することは、宗教、ビジネスを超越した人生で大勝利する効果的な手段なのです。
特別なクリスマス
今日はずっと以前私が経験した特別なクリスマスを皆様にシェアさせていただきたいと思います。これは当時2歳になったばかりの幼い娘から「自分を忘れ他の喜びを最優先することで、自身も幸福になれる(成功出来る)」という教訓を学んだ私にとって忘れられないかけがえのない経験です。
今から25前のクリスマスは我が家にとって特別なクリスマスとなりました。12月4日に2人目の息子が生まれたクリスマスだったからです。妻は産後で生まれたばかりの息子と家で静養に努めていましたので、クリスマスプレゼントの買い出しは当時2歳になったばかりの娘と2人で車に乗って近くのデパートまで行きました。
計画していたプレゼントを購入し、支払いのためにレジに向かうとき娘はどこで見つけたのか当時大好物だったザラメ砂糖がまぶされ束になった色とりどりのカラフルなアメを持ってきて買い物かごに入れました。私はそれが娘の大好物であることを知っていましたが、その当時かなりふくよかだった娘のことを考え(今はスリムです!)、意図的に甘いものを食べさせるのを控えていた時期でしたので、私は優しく娘に「それは買えない」ことを説明しました。
うちの娘はとても賢い子でしたから(親ばかですね、、)普段しっかり目を見て話すと娘は理解し、それ以上親を困らせることはなかったのですが、その日の娘は違っていました。「アメは買えない」ことを話すと、それまで笑顔だった娘の表情は見る見る間に崩れ、大粒の涙を流し、大声を上げ床に寝転んで泣きしたのです。びっくりしました。その娘の行動は親である私に初めて見せた態度だったからです。
あまりにも大声で泣き叫ぶので、仕方なくもう一度娘がもってきたアメを買い物かごに入れました。するとすぐに娘は機嫌を直し、先ほどのように楽しそうに私の傍にくっつきながら何事もなかったかのようにクリスマスの雰囲気を楽しみながら歩いていました。
娘の奇異な行動
しかし、前述したように私と妻は当時 娘の体格の事をとても気にしていたので、娘が周りに気を取られている隙に娘に気付かれないよう娘の大好物のアメを元あった場所にこっそり戻しておいたのです。全てのプレゼントを選び終え(娘のアメ以外は)、支払いのためにレジに並んでいるときも娘はとても楽しそうでした。娘はいつも前向きな子供で優しく穏やかでしたが、その日はいつになく、楽しそうだったのを当時は「クリスマスの独特の雰囲気がもたらす魔法のようなもの」と思って娘を見ていたのを覚えています。
私の支払いの番が来てレジで一つずつの商品を決済しているときに娘はまたもやいつにない奇異な行動を見せました。それは一つずつ決済されるプレゼントの支払いをレジの傍にいてずっとチェックしていたのです。そして、娘は最後になっても娘が選んだ大好物のアメが無いことを悟り、もう一度大声を出して泣き始めました。私は困りながらも正しく説明すれば理解してくれる賢い娘に(笑)もう一度優しく「あなたの体のことを考え」この「アメは今日は買えない」ことを説明しました。
しかし、その瞬間娘は更に大きな声で泣きだし、驚くことに大勢が見守るレジの前でまたまた寝転がって泣き始めたのです。結局、年末でクリスマスの忙しい時期に多くのレジで並ぶ周りの人の事も考え、またクリスマスということもありましたので、娘の強い情熱に負け仕方なく娘の大好物のアメを買い与えたのでした。
駐車場まで娘と沢山のプレゼントを抱へ歩きつつ、娘がこれまで見せたことの無い態度をずっと想い考えていました。車につき娘をチャイルドシートに座らせているとき、私は敢えて娘に何も言わないようにしていたのですが、これまでの一連の流れでは、娘をチャイルドシートに座らせると、アメの袋を剥いて食べさせるようせがみ、袋を取ってあげると娘は「チャイルドシートに座りながらアメを食べドライブを楽しむ」これが彼女の至福のルーテインでしたが、なぜかその日だけはアメの袋を剥ぐようにせがむことは決してありませんでした。
運転しながら、いつ娘がアメを食べさせるようにせがんでくるだろうかとバックミラーを見ながらその日ずっと奇異な行動をとる娘を観察していましたが、結局家にたどり着くまで娘は嬉しそうな顔をしながら大切そうに胸にアメの束を抱きしめるだけで一度もアメを食べさせるようにねだることはありませんでした。本当に不思議でした。娘を誰より知っていると思っていた私にとってその日の娘の行動はあまりにも意外でした。
娘の行動の真意は
自宅マンションに到着し、荷物を抱えながらマンションのエレベーターに乗る時も娘は嬉しそうにアメを両手で抱え続けていましたが、私達が住むフロアーに着き、エレベーターを出ると娘は私を置き去りにして家のドアに向かって一目散に走りだしました。その姿を見ても私には娘の行動が、ただただ不思議で奇異な行動にしか見えなかったのですが、家のドアを開けてすぐに娘の一連の行動の意味を理解しました。
ドアを開けると娘は靴を脱ぐのももどかしい様子で一目散に生まれたばかりの息子と妻が休む部屋に走り出しました。そして娘は「たいきー!」(息子の名前)と大声で呼びかけると安らかに眠る生まれたばかりの小さな息子の枕元に大切に抱えていた色とりどりの娘の大好物のアメをそっと置いたのです。
クリスマスに見たビジョン
私は「はっ!」としました。そして、その瞬間、私は約2000年前に生まれ、馬小屋の飼い葉桶に寝かされた幼子イエスの元に3人の博士が宝物を捧げる聖なるその場に私があたかもいるかのように、その聖なるビジョンを見たのです。
娘が大好きなアメを食べずに我慢しながら大切そうに胸に抱え幸せそうな顔をしていたのは、クリスマスの時期に生まれたばかりの天からの贈り物である幼い弟に「自分が考えられる最良の贈り物を捧げたい」という真心からの気持ちと主体的な愛と喜びから生まれた行動でした。娘は2歳になったばかりでしたが、何が重要で何がもっとも大切であるかを知っていたのです。
光を周りに求める前にまず私たちが世の光となる
あれから25年、今でもクリスマスの時期になるとあの特別な聖なるクリスマスの日をよく思い出します。クリスマスの精神、つまり人が幸福になる原則は聖書にある「受けるより与える方が幸いである」が根底にありますが、その尊い精神と原則を生まれて2歳になったばかりの娘から教えられたことは本当に尊い、そして大切な教訓となりました。真の幸福は受けることではなく、与えることなのです。
「Light the World」私もクリスマスの精神である「世の光になる」よう頑張りたいと思います。皆様にとってこのクリスマスの時期、素晴らしい特別な時間をすごされますように。また自身を忘れ(捧げ)他人を優先する(与える)ことで、結果的に皆様ご自身が幸福になる(成功する)という原則を自ら知り経験できますよう心から願っています。
さて、冒頭でお知らせした私が30年前に見て感動し号泣した感動の19分の短編映画「The Touch of the Master’s Hand」(主の御手が触れるとき)です。
ぜひ、このクリスマスの時期に大切な方とご覧いただければと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=SsyXhv0q_fY
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メリークリスマス!
中川さん、
返信が遅くなりましたがメリークリスマスでした。
そして新年あけましておめでとうございます( ^)o(^ )